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2012年12月25日

<中沢啓治さん死去>核のない世界を空から願う



        <中沢啓治さん死去>核のない世界を空から願う 遺族が談話

 漫画家で「はだしのゲン」作者の中沢啓治さんの死去を受け、遺族一同が報道各社に寄せた「逝去のお知らせ」は次の通り。

 1973年には代表作となった「はだしのゲン」の執筆を始めました。「はだしのゲン」は文字通り中沢の分身でした。

 その「はだしのゲン」が18カ国語(翻訳中含む)に翻訳され、欧米、アジアなど多数の国で出版ないし出版準備が進められていることを中沢は心から喜び、「はだしのゲン」が生み出す国際世論が核兵器廃絶の力となることを願っていました。

 網膜症と白内障のため筆が執れなくなり、09年に引退宣言。10年には肺ガンの告知を受けて手術。以後、入退院を繰り返し、一時は危篤状態に陥ったこともありましたが、その都度、不死鳥のように蘇ってくれ、原爆の証言活動を続けて来ました。命の重さ、生きることの大切さを身をもって示してくれたと感じています。「原爆に負けてたまるか、この目で原爆の最後を見届けてやる」の一念だったのだと思います。

 無念にもこの度は病に勝てませんでした。死去の前日、新刊の「はだしのゲン わたしの遺書」(朝日学生新聞社刊 12月20日発行)が手許に届き、それを見届けるような旅立ちでした。ガン患者とは思えない穏やかな死でした。あの愛くるしい表情が今にも蘇って来そうな気がします。

 いま中沢は星となり、ゲンと共に空から核兵器のない平和な世界の出現を願っていることと思います。私たち遺族は中沢の願いが叶うことを信じ、その一助となれるよう頑張って生きていきたいと考えております。(一部抜粋)

遺族一同

毎日新聞 12月25日(火)13時33分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 19:36Comments(0)訃   報

2012年12月15日

 「小沢学継承を信じる」 小沢昭一さんの葬儀、東京で



         「小沢学継承を信じる」 小沢昭一さんの葬儀、東京で

 【佐藤美鈴】今月10日に83歳で亡くなった俳優の小沢昭一さんの葬儀が15日、東京都新宿区の千日谷会堂で営まれた。親族や友人ら約500人が集まり、最後の別れを告げた。

 文学座代表の加藤武さんは弔辞で「放浪芸という文化史に残る偉業を達成した。もっといっぱいやりたいことがあったんだろう」。社会学者の加藤秀俊さんは「道を歩くと常に小沢さんの後ろ姿があった。小沢学が受け継がれていくことを信じています」と語った。

 芸能界からは、草笛光子さんや中村メイコさん、中尾彬さん、池波志乃さん夫妻、木の実ナナさんらが参列した。

 涙雨が降る中、出棺では、小沢さんの陽気なハーモニカブルースが会場を包み、大きな拍手で送られた。長男の一郎さんは最後に「派手な席が苦手な父でしたが、喜んでいると思います」とあいさつ。棺には、家族の写真やラジオの台本のほか、今月20日に発行予定だった句集も急きょ用意され、入れられた。

朝日新聞デジタル 12月15日(土)14時43分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 15:05Comments(0)訃   報

2012年12月15日

小沢さん、生前約束の親友・加藤武が弔辞



      小沢さん、生前約束の親友・加藤武が弔辞「待っててちょーだい、の心だー」

 前立腺がんのため今月10日に死去した俳優・小沢昭一さん(享年83)の葬儀・告別式が15日、東京・信濃町の千日谷会堂で営まれ、草笛光子、木の実ナナ、中尾彬・池波志乃夫妻、神津善行・中村メイコ夫妻ら約500人が参列。

 小沢さんの親友で、生前、互いに「先に逝った方が弔辞を読む」と約束をしていた俳優・加藤武が弔辞を読んだ。

 『おれが逝ったらお前が(弔辞を)読んでくれ』と生前、互いに約束を交わしていた加藤は、「いっぱいまだまだやりたいことはあったと思う。ぼくもまだやりたいことがある。これが終わったら、すぐ(そっちに)行くから。待っててちょーだい、の心だー」と

 小沢さんがパーソナリティを務めていた長寿ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」のエンディングにちなみ、「◯◯の心だー」で締めくくり、天国の小沢さんにメッセージを送った。

デイリースポーツ 12月15日(土)14時30分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 15:03Comments(0)訃   報

2012年12月10日

<訃報>小沢昭一さん死去83歳…映画、ラジオ、幅広く活動



        <訃報>小沢昭一さん死去83歳…映画、ラジオ、幅広く活動

 ラジオ番組での軽妙な話芸や一人芝居、芸能史研究でも知られた俳優の小沢昭一(おざわ・しょういち)さんが10日午前1時10分、東京都内の自宅で死去した。83歳。葬儀の日程などは未定。

 東京生まれ。早稲田大在学中に俳優座養成所に入所、のちに俳優小劇場の中心的存在となった。「幕末太陽伝」「豚と軍艦」など数多くの映画に出演、1966年の「『エロ事師たち』より 人類学入門」(今村昌平監督)では、ブルーフィルムの製作者を好演。

 毎日映画コンクール男優主演賞を受賞した。こすっからく意地悪だが、根は善良な人間くさい庶民という役どころを、哀感とユーモアたっぷりに演じた。

 「見せ物の原点に返る」と、75年に劇団「芸能座」を旗揚げ。82年には井上ひさしらと「しゃぼん玉座」を作り、「国語事件殺人辞典」や「吾輩は漱石である」などの井上作品を上演。一人芝居「唐来参和(とうらいさんな)」は83年から00年まで全国各地で660回演じた。

 ◇「小沢昭一的こころ」1万回

 また73年から始まったラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、江戸っ子らしいテンポのある風刺の利いた語りが支持を得て、放送回数が1万回を超える長寿番組に。

 40代になって「芸能の原点」の追究を志し、録音機を携えて日本中を歩き、放浪芸を収集。浪花節、万歳(まんざい)、猿回し、女相撲、ストリップなど従来の学術研究の枠に収まらない芸能の出自や役割を探求し、レコードや「日本の放浪芸」「放浪芸雑録」などの著作にまとめた。

 落語家の春風亭小朝さんの声がけで、10年4月からは、2人を中心とした高座を開始。豊富な芸談や、ハーモニカの演奏、歌などを熱演し、観客を沸かせていた。

 98年に前立腺がんが見つかり治療を続けていたが、12年9月に入院。「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の出演も見合わせていた。

 01年勲四等旭日小綬章を受章、07年「小沢昭一的こころ」などの功績で菊池寛賞を受賞した。

毎日新聞 12月10日(月)11時21分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 19:01Comments(0)訃   報

2012年12月05日

<中村勘三郎さん死去>早すぎる死 各界から惜しむ声



        <中村勘三郎さん死去>早すぎる死 各界から惜しむ声

 人気と実力を兼ね備え、観客を一瞬でとりこにする--。5日亡くなった中村勘三郎さんは、そんな華のある歌舞伎俳優であった。芸盛りの50代での早すぎる死は、日本演劇界の今後に計り知れない影響を与えるだろう。各界から惜しむ声が絶えなかった。

 勘三郎さんは子役時代から順調に芸を磨き、実績を重ねてきたが、10年12月に突発性の難聴で休養。復帰後の昨年11月~今年5月には東京・隅田公園の仮設劇場「平成中村座」でロングラン公演に出演するなど、元気な姿を見せていた。

 ところが、この公演直後の6月に食道がんが見つかり、7月には12時間に及ぶ大手術を受け、克服していた。

 しかし、その後のリハビリ中に肺炎を発症、呼吸不全が進行し、そのまま回復はかなわなかった。

 妻の波野好江さん、長男勘九郎さん、次男七之助さんは連名でコメントを発表し、「専門的な治療を行える病院へと、2度にわたり転院をし、考え得る最高の治療をしていただきました。来年4月の歌舞伎座こけら落としに出演することを心のよりどころとしてがんばってまいりました」と、無念の思いをつづった。

 7月18日、長野県松本市のまつもと市民芸術館で開いた「平成中村座 信州まつもと大歌舞伎」に飛び入り出演したのが最後となった。

 5日朝、病院から勘三郎さんの遺体が移された東京都内の自宅はひっそりと静まりかえり、お香のにおいが漂った。

 同年齢で切磋琢磨(せっさたくま)しあった坂東三津五郎さんのほか、松本幸四郎さん、片岡愛之助さん、中村獅童さんら歌舞伎俳優、迫本淳一松竹社長ら関係者が次々と弔問に訪れ、うつむいたまま無言で家に入っていった。自宅前には約70人の報道陣が集まった。

 従来の歌舞伎の枠を超え、現代演劇でも活躍した勘三郎さんだけに、多くの惜しむ声が寄せられた。

 歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんは「10歳も年下の彼が亡くなるなんてショックです。新しい歌舞伎座で、また一緒にできると楽しみにしていました。先日、勘九郎君から知らせを受けて見舞いに行きましたが、もう意識がなく、何も話せませんでした。これからの歌舞伎を背負っていく一人だったのに残念です」と惜しんだ。

毎日新聞 12月5日(水)11時11分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 11:20Comments(0)訃   報

2012年12月05日

<中村勘三郎さん死去>勘九郎さんら家族がコメントを発表



<中村勘三郎さん死去>勘九郎さんら家族がコメントを発表

 ◇中村勘三郎さん家族のコメント(全文)

 皆様へ
 中村勘三郎は、7月27日、患った食道癌(がん)の手術をして頂きました。

 12時間に及ぶ大手術となりましたが、手術は成功し、術後経過も順調で病棟内を歩くほどに回復しました。

 しかし、経過中に肺炎を発症し、その後、肺炎による呼吸不全が進行するという事態に陥りました。この肺炎による呼吸不全は思いの外、重症であり、呼吸不全に対する専門的な治療を行える病院へと、二度にわたり転院をし、考え得る最高の治療をして頂きました。

 本人も病気に立ち向かい、手術から約4か月に及ぶ闘病が続きました。

 その間、来年4月の歌舞伎座柿(こけら)落しに出演することを、心の依(よ)り所とし、癌晴(がんば)って参りました。

 医療スタッフの方々にも懸命な治療をなさって下さいました。

 けれども遂に、回復する事は叶(かな)わず、無念の内に、本日12月5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため永眠いたしました。

 生前、中村勘三郎を長くご贔屓(ひいき)頂いたことを心より感謝いたします。

 波野好江 中村勘九郎 中村七之助

毎日新聞 12月5日(水)10時19分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 10:56Comments(0)訃   報

2012年11月12日

桜井センリさん 孤独死か 「クレージーキャッツ」は一人だけに



        桜井センリさん 孤独死か 「クレージーキャッツ」は一人だけに

 俳優の桜井センリさんが10日に東京都新宿区の自宅で亡くなっていたことが12日、分かった。86歳だった。

 葬儀・告別式の日程は未定。10日、近所の住民が自宅で倒れている桜井さんを発見。警察に通報した。桜井さんは孤独死とみられ、警視庁が調べている。

 1926年(大15)3月20日生まれ。早大学在学中からジャズピアニストとして活動し、コミックバンド「ハナ肇とクレージーキャッツ」に60年加入。故石橋エータローさんと共にピアノを担当。

 故植木等さん主演の映画「無責任シリーズ」やフジテレビ「おとなの漫画」、日本テレビ「シャボン玉ホリデー」に出演し、人気を博した。

 その後も味のある脇役としてテレビに舞台に活躍した。7人いたクレージーキャッツのメンバーで存命なのは犬塚弘だけとなった。

スポニチアネックス 11月12日(月)12時32分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 13:16Comments(0)訃   報

2012年11月03日

「余命1年」宣告受け治療辞退していた…藤本義一さん告別式



        「余命1年」宣告受け治療辞退していた…藤本義一さん告別式

 先月30日に悪性中皮腫による肺炎のため79歳で亡くなった直木賞作家で脚本家の藤本義一(ふじもと・ぎいち、本名・よしかず)さんの葬儀・告別式が2日、兵庫・西宮市の公益社西宮山手会館で営まれ、約1000人が参列。妻でエッセイストの統紀子さん(77)は喪主あいさつで、藤本さんが昨年4月に「余命1年」の宣告を受けていたと明かした。

 藤本さんは年に1度の健康診断などで体調には気を使っていたが、昨年の診断で左肺に水がたまっているのが見つかり、中皮腫が判明。「延命処置をしても半年(余命1年半)」と言われ、積極的な治療は辞退したという。

 統紀子さんは「最期は痛みもなく静かに息を引き取りました」と涙ながらに話した。式では、放送作家の新野新氏(77)が「関西の文化圏は藤本さん中心に動いていた」と弔辞を読んだ。

スポーツ報知 11月3日(土)8時2分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 08:33Comments(0)訃   報

2012年10月31日

「11PM」で名司会、直木賞作家・藤本義一さん死去



       「11PM」で名司会、直木賞作家・藤本義一さん死去…79歳、肺炎

 日本テレビ系の深夜番組「11PM(イレブン・ピー・エム)」の司会などで知られた直木賞作家で脚本家の藤本義一(ぎいち、本名=よしかず)さんが30日午後10時18分、兵庫県西宮市内の病院で肺炎のため死去した。79歳だった。

 自宅は西宮市上甲東園2の6の20。葬儀・告別式は11月2日に西宮市の公益社西宮山手会館で。喪主は妻でエッセイストの統紀子(ときこ=78)さん。

 堺市生まれ。大阪府立大学在学中からラジオ・テレビドラマの脚本や舞台脚本を手掛け、1957年、ラジオドラマ「つばくろの歌」で芸術祭文部大臣賞を受賞。

 卒業後は映画界で川島雄三監督(故人)に師事して「貸間あり」(61年)を共同製作し、その後「駅前シリーズ」や「悪名シリーズ」などの脚本を手がけた。

 60年代後半から大阪の人情話、商人道などをテーマに、本格的な小説執筆を開始。74年に上方落語家の半生を描いた「鬼の詩」で第71回直木賞を受賞し、87年には「蛍の宿 わが織田作」で第7回日本文芸大賞を受賞した。

 日本初の深夜ワイドショーと言われる伝説のお色気番組「11PM」では、65年の番組開始から終了の90年まで25年間、週2回の司会を継続。全国区の知名度を獲得した。日本放送作家協会関西支部長で、プロ作家を養成するスクール「心斎橋大学」の総長も務めていた。

 7月には大阪市内で通天閣の100周年記念式典に出席。今月上旬には兵庫県芦屋市に所有する山荘を、難病の子ども支援のために提供することを明らかにしていた。

スポーツ報知 10月31日(水)8時4分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 08:42Comments(0)訃   報

2012年10月22日

高倉健 大滝さんへ弔電「その言葉の重みをかみしめております」



       高倉健 大滝さんへ弔電「その言葉の重みをかみしめております」

 肺がんのため2日に亡くなった俳優の大滝秀治さん(享年87)の「お別れの会」が22日、東京・青山葬儀所で営まれ、俳優の高倉健(81)の弔電が読み上げられた。

 「お別れの会に寄せて。大滝さんとご一緒した仕事を思い出しております。大滝さんが歩まれた人生そのものを感じました。入院中にいただいたお手紙の中に“僕にとって1つの仕事はいつも1つの事件です”と書いてくださいました。その重みをかみしめております。大滝さん、長い間、ありがとうございました。どうぞ安らかにお休みください。合掌」

 高倉は大滝さんの遺作となった映画「あなたへ」に主演。「あ・うん」以来23年ぶりに共演していた。

スポニチアネックス 10月22日(月)15時47分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 16:20Comments(0)訃   報

2012年10月22日

倉本聰氏 大滝さんへ別れのあいさつ


     倉本聰氏 大滝さんへ別れのあいさつ “追いはぎの大滝”は「僕の師匠」

 脚本家の倉本聰氏(77)が22日、東京・青山葬儀所で行われた俳優の大滝秀治さん(享年87)の「お別れの会」で、別れのあいさつを述べた。

 大滝さんの初主演ドラマ「うちのホンカン」(75年)や「北の国から」(81年ほか)の脚本を手掛け、40年の親交があった倉本氏。「若いころ宇野重吉さんに壊れたハーモニカのようだと酷評されたというあなたの声。しかし、あなたはそのハーモニカでいくつものすてきなブルースを僕らのために奏でてくださった」と称えた。

 大滝さんが牧場主を演じた「北の国から」では、現地の農家から強引に服を借り“追いはぎの大滝”と恐れられたエピソードを披露。

 大滝さんの役作りを「狂気」と表現し「大滝さん、あなたは俳優の役割について(役の)履歴づくりから役を生み出すということを僕に教えてくれました。あなたは僕の師匠でした」と倉本氏。「あなたとテレビに打ち込んだ日々がどんどん遠くへかすんでいきます」と寂しげだった。

スポニチアネックス 10月22日(月)15時23分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 16:19Comments(0)訃   報

2012年10月16日

山田吾一さん死去「事件記者」などで活躍



          山田吾一さん死去「事件記者」などで活躍

 NHKの人気ドラマ「事件記者」などで活躍した俳優、山田吾一さんが13日に心不全のため死去したことが15日、分かった。享年79歳。関係者によると13日に長女で元NHKアナウンサー、山田亜樹さんが横浜市内の自宅で倒れている山田さんを発見したという。

 北海道出身の山田さんは1958年スタートの「事件記者」で、正義感の強い“ガンさん”こと新聞記者・岩見を8年間にわたり熱演。同作は映画でも人気シリーズとなった。

 69年のNHK大河ドラマ「天と地と」など時代劇から現代劇まで、悪役からコミカルな役柄までバイプレーヤーとして幅広い演技力をみせる一方で、73年にはテレビ朝日系「アフタヌーンショー」の司会を務めたこともあった。

 関係者によると、山田さんは約1年前に動脈瘤の手術を受けたといい、「術後の健康には問題はなかった」という。約20年前から浄瑠璃の一派「新内栄派」のけいこにほぼ毎週参加しており、亡くなる1週間前の10月6日も参加。その際は元気な様子で、特に変調はなかったという。

 同派によると、山田さんの最後の舞台は4月15日に東京・四谷の御苑劇場で行われた公演。家元の渡辺千鶴子さん(81)は、「演技を追求する姿勢がすごかった」と故人をしのんだ。

 通夜は18日午後6時から、葬儀・告別式は19日午前10時半から横浜市港北区樽町2の13の15、双葉斎場で。喪主は長女の亜樹さん。

 山田 吾一(やまだ・ごいち) 1933年2月20日、北海道生まれ。劇団四季などでの舞台活動を経て、58年からNHK連続ドラマ「事件記者」に出演し、愛称「ガンさん」の熱血記者・岩見役で人気を集める。コメディードラマやテレビ朝日系「必殺シリーズ」などの時代劇でも存在感を発揮、舞台や映画に幅広く活躍した。90年に劇団「吾一座」を旗揚げした。

サンケイスポーツ 10月16日(火)7時51分配信





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2012年10月08日

通夜に参列 金子哲雄さんと小沢一郎 秘められた師弟関係



         通夜に参列 金子哲雄さんと小沢一郎 秘められた師弟関係

 突然の大物の参列に斎場は一時、騒然となった。
 4日、東京・港区の「心光院」で営まれた、流通ジャーナリスト・金子哲雄さん(41)の通夜。番組で共演した森永卓郎氏や尾木直樹氏ら約800人が参列する中、「生活」の小沢一郎代表が姿を現したのだ。

 小沢氏は参列後、事情を知らない芸能記者に「金子さんとの関係は?」と追い掛け回されていたが――。

 「実をいうと、金子さんは『小沢一郎政治塾』の塾生だったのです」(小沢塾関係者)
 小沢塾とは、01年に自由党の党首だった小沢が各界各層の指導者育成を目的に立ち上げた私塾だ。塾長はもちろん小沢で、現在は来年開講の12期生を募集中だ。

 「金子さんは、小沢塾の4期生です。当時はまだ無名の経営コンサルタントで、お手製の名刺を配り歩いてたのをよく覚えています。とても、おとなしい人で、後にテレビで見せる明るいキャラなど当時は想像もつきませんでした」(小沢塾関係者)

 金子さんは小沢塾出身の経歴を伏せて活動していたが、最後まで庶民派を貫いた姿勢は「国民の生活が第一」の師匠ゆずり。生前に通夜・告別式、お墓の準備まで進め、参列の礼状も自ら書いていた。

 死の間際まで師匠への恩を忘れなかった金子さん。生きていれば、次の選挙で小沢の“隠しダマ”になっていたかもしれない。

ゲンダイネット2012年10月08日10時00分





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2012年10月06日

大滝さん最期の言葉「今日は舞台げいこだ」




        大滝さん最期の言葉「今日は舞台げいこだ」

 大滝秀治さんの訃報を受け、長女、菜穂さん(52)の夫で「演劇集団円」の演出家、山下悟氏(57)が5日、都内で会見し、大滝さんの闘病生活を明かした。

 今年2月に肺がんが見つかった際、自らの意思で手術や放射線治療を拒否し、2度の抗がん剤での治療を受けた。6月末から入院し、9月7日に退院した後は、都内の自宅で療養した。

 「ゆっくり(家族で)過ごすことができ、とても濃密な時間でした」

 60キロ台だった体重は40キロ台に落ちた。亡くなる前はステーキやカツ丼などを食べて体力をつけようとしていたが、「苦しいというより、体の置き所がないという感じ。『どうしたんだろう』と盛んに言っていた」。

 それでも、自宅では台本を読むなどし、芝居にこだわった。9月末までに10枚ほどの色紙に「もう一度舞台に立ちたい」「芝居をまたやりたい」などと再起を願う内容を記し、自身を鼓舞していた。亡くなる直前の言葉は「今日は舞台げいこだ」「初日だ」。最後の瞬間まで役者だった。

 葬儀はこの日、都内で密葬で営まれ、棺には好んで着たセーター、劇団民芸の同期女優、奈良岡朋子(82)が編んでくれたマフラーなど愛用品や、最後に読んだ故赤塚不二夫さんの著書「これでいいのだ」、舞台「審判」などの台本3冊が納められた。戒名は生前、大滝さんが友人に依頼していたといい「秀」の文字が入れられた。

 山下氏は、大滝さんの最期の舞台「帰還」(2011年)を演出。「仕事と家庭の区別はなかったが、変なところで気を使ってくれる人だった」とし、「父はすごくバイタリティーにあふれ、炎の固まりのような人。エネルギーが消えていくのを(家族が)見守ったのが届いて、それを(大滝さんも)受け止めていると思う」と話した。

サンケイスポーツ 10月6日(土)7時51分配信






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2012年10月06日

高倉健、大滝さんのたったひと言に涙


       高倉健、大滝さんのたったひと言に涙
           「つまらないセリフだと思っていたが…」


 舞台、映画、ドラマと幅広いジャンルで活躍した俳優・大滝秀治(おおたき・ひでじ)さんが2日午後3時17分、肺へん平上皮がんのため、都内の自宅で亡くなっていたことが5日、分かった。87歳。1948年に劇団の養成所に入ってから俳優一筋64年で、高倉健(81)と共演した「あなたへ」(公開中)が遺作となった。

 健さんは“盟友”との別れを惜しみ、「本当に素晴らしい先輩でした」とコメントを寄せた。大滝さんの遺作となった映画「あなたへ」で、演技に感銘を受けて涙した。昨年11月、長崎県平戸でのロケ。たった一言のセリフが心に響いた。

 大滝さん演じる地元の漁師の船に乗り、妻の遺骨を海へ散骨した男(高倉)が港で礼をしようとする場面だった。

 「久しぶりにきれいな海ば見た」

 長い年月をかけ、さまざまな表情の海と向き合ってきた漁師の生きザマが込められていた。高倉は「正直つまらないセリフだと思っていたが、言い方と気迫でこんなにも変わってしまうのか」と感激すると、熱いものがこみ上げてきた。

 現場では涙を目撃しなかった大滝さんだが、6歳下の後輩の反応を知ると大喜びした。筆まめとあって、すぐに筆をとったという。大滝さんの娘むこで演出家の山下悟氏は「うれしく、照れくさかったのでしょう。本人は『またできるなら一緒に演じたい』と思っていたようです」と、大滝さんが高倉との再共演を望んでいたことを明かした。

 2人の手紙のやりとりは今年の9月まで続いた。「大滝さんの最後のお仕事の相手を務めさせていただき、感謝しております。今までにご一緒させていただいたいろいろな場面が思い浮かびます。本当に素晴らしい先輩でした。静かなお別れができました」。高倉は先輩の見せた名演技を胸にしっかりと刻んでいる。

デイリースポーツ 10月6日(土)6時58分配信





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