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2014年03月30日

飯舘村の今の“住人”は…我が物顔で暮らすネズミ、イノシシ、サルたち




      飯舘村の今の“住人”は…我が物顔で暮らすネズミ、イノシシ、サルたち

 東日本大震災から約1カ月後の平成23年4月、福島県飯舘村は「計画的避難区域」に指定され、約6千人の村民が全員村を離れた。

 多くの人が福島市や南相馬市などの近隣の仮設住宅やアパートなどに避難した。自宅を出なければならない混乱の中でペットをどうするかは難しい問題だった。ほとんどの場合、一緒に住んでいたペットを連れて行くことは難しく、人に預けたり、置いていったりするしかなかった。

 3年がたった今でも避難生活は続いており、いまだにペットと暮らすのは難しい状況にある。中にはいなくなったり死んでしまったりするペットもいた。

 飯舘村の自宅に置いたまま、定期的に餌を与えに行っている人もいれば、NPOなどを通じて知り合った人にペットを預けている人もいる。

 飯舘村から川俣町に避難している高野江美さん(24)は一緒に住んでいた愛犬のララを女優の大場久美子さんに預けている。

 家族と愛犬のララと一緒に住める家を探しているが、まだ見つかっていない。福島県内では避難や復興関係者などで賃貸住宅が埋まっており、ペットと一緒に住めるところとなるとなおさら難しい。

 正月や休みのときにはララに会いに行っているという。近くに預けることができた人はいいが、高野さんのように遠くに預けざるをえなかった人は、ペットに会うために遠方まで行かなくてはならない状況が続いている。

 一方で人の住まなくなった家では、ネズミがわが物顔で走り回っている。飯舘村の実家でもネズミの糞尿の跡があった。実家の両親のように頻繁に出入りしている家は、まだましだ。遠方への避難などで、出入りがない家ではネズミが大量に発生し、糞尿が悪臭を放っているという。

 家の中だけではなく、外にはイノシシやサルなどの動物も大量に出没している。

 福島市から飯舘村を通り、南相馬に行く県道の途中には必ずといっていいほど動物の死骸がある。

 自宅の庭や田んぼ、畑などはイノシシが掘り起こした跡が多くある。

 村で唯一の帰還困難区域の長泥地区では、写真家の関根学さんが避難後から民家の庭先に定点カメラを設置し、人のいなくなった飯舘村での動物達の活動を撮り続けている。

 関根さんが撮影した写真には、イノシシ、サル、キツネ、タヌキなどたくさんの種類の動物が映っている。夜になると庭先に現われ、駆け回ったり、土をほじったりしている。

 関根さんは「人が住まなくなっても動物がいてそこにある食物を食べている。汚染が濃縮されている可能性がある」と指摘している。

 動物たちは村に放射能があることを知るよしもない。人がいなくなったことを不思議に思っているのか、人がいなくなってせいせいしているのかは分からないが、事故前と変わらずに村で生き続けている。

産経新聞 3月30日(日)18時15分配信



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Posted by おだっちのなたね油 at 20:36Comments(0)東日本大震災

2014年03月12日

3・11を追悼や復興祈念の日に終わらせてはいけない



Facebook 黒田 由利子さんのシェアより

3・11を追悼や復興祈念の日に終わらせてはいけない
2014年03月11日  天木 直人


 私が住んでいる栃木県那須塩原は、津波被害こそ無縁であったが、福島原発事故による放射能汚染のホットスポットだ。毎時0.3マイクロシーベルト前後の数値は三年前とほとんど変わらない。いまごろになって市当局の除染作業が我が家にも及んだが、まわりのごみを庭に大きな穴を掘って埋めて終わりという半日作業で終わった。これが除染の実態だ。

津波被災地の住民や福島原発事故から避難を余儀なくされている福島住民の苦しみとは比べるべくもないが、それでも3・11の当事者のはしくれだ。それに免じて私はこう声を上げたい。3・11は被災民すべてが救済される時まで、被災民の苦しみ、悲しみと、怒りに思いをはせ、その苦しみ、悲しみ、怒りを共有する日にしなければいけないと。





 私は3・11直後に書いた。今度の大震災からの復興は、これまでの支配体制にゆだねている限りは決して成し遂げられないと。この大災害をきっかけに日本の権力構造を根本的に変えなければいけないと。それから三年、復興が進まないことは見事に的中したが、旧来の支配体制、権力構造は微動だにしなかった。敗戦後もなお戦前の支配体制がそのまま責任を取らずに戦後に引き継がれたこととまったく同じだ。この国の政治家と官僚による支配体制は、これだけの大震災と未曾有の原発事故が起きたと言うのに、無策のまま権力の座にあぐらをかいたままだ。

復興増税までしておきながらそれを有効に使えず、おまけに流用までして恥じない。いまなお非常事態の生活を強いられている人たちや、被ばくの不安から逃れられない人たちの苦しみ、悲しみと怒りはいかばかりであろうか。

 政治家と官僚の責任は大きい。なかんずく安倍政権の責任は大きい。民主党の失政を目の当たりにし、その反動で絶対多数を手にし、その気になれば何でもできる強い政権を手にしておきながら、1年3か月以上たっても何一つまともな復興策が出来ていない。それどころか犠牲者の追悼と復興を国内外に発信するための祈念施設を税金を使って岩手、宮城、福島に一か所ずつ建てるという。福島原発事故の収束に至っては、汚染水垂れ流しのままに原発再稼働を言い出す始末だ。

 漫才のセリフではないけれど、いま怒らなかったら怒る時はない。3・11を追悼や復興や絆の日に終わらせてはいけない。被災民や被ばく民の苦しみ、悲しみと怒りが完全になくなるまで、それを日本の国民がひとしく共有し、無策の政治家官僚に対して声を上げる日にし続けなければいけないと思う(了)


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Posted by おだっちのなたね油 at 07:15Comments(0)東日本大震災

2014年03月11日

いくら使った? 被災地元紙を沈黙させた「政府広報」の威力



Facebook友達 黒田 由利子さん


いくら使った? 被災地元紙を沈黙させた「政府広報」の威力
2014年3月11日  日刊ゲンダイ掲載

<復興公営住宅約5000戸の多くについて、一日も早く用地確保にメドをつけます。内閣総理大臣 安倍晋三>

 安倍首相が被災地視察のために福島県入りしたまさにその日(8日)、地元紙の「福島民報」「福島民友」の朝刊に“福島県の皆さまへ”と題する政府広報がデカデカと掲載された。

 内閣府によると、この政府広報は「内容こそ若干違うが、被災3県(岩手、宮城、福島)のすべての地元紙に出稿した」という。予算については「担当者不在」との理由で聞けなかったが、相当な金額だと予想できる。

 すると、いつもは復興に批判的な記事が目立つ福島の2紙が、この日はさすがに沈黙してしまった。相馬郡新地町に“30戸だけ”完成した復興公営住宅を紹介した“広告絡み”の記事も掲載し、「隣の物音が聞こえる仮設住宅に比べれば、ここは静かでいい」「仮設より落ち着いて暮らせる」という高齢入居者の喜びの声を伝えているのだ。

 まるで「偉大なる首領さまのおかげで」と米の配給を喜ぶどこかの国のようだ。
 もちろん、福島にいた安倍首相も読んでいるはずで、さぞかし気持ちよかったとみえ、「復興が前に進み始めたなと実感することができた」と自画自賛だ。

 だが、福島県内の災害復興住宅4890戸のうち、2月半ばの時点で着工できたのは453戸にすぎない。3年経ってもこのざまだから、ローンで持ち家を建てる世帯は増えているのだ。

■追悼式は東京開催

 安倍首相がもうひとつ、被災地を怒らせていることがある。11日、国立劇場で開催される「東日本大震災3周年追悼式」である。広島・長崎の原爆平和記念式典を東京で行うなど聞いたことはない。現地開催が当たり前だが、内閣府の追悼式準備室は「被害が広範に及び、開催候補地の選定が難しい。海外からの外交団もおりますし、警備上の問題もある」と東京開催を正当化する。

 理屈は分かるが、南三陸町の被災者支援担当者はこう言った。

「被害の記憶を風化させないためには、被災地で行うのが望ましいとの声はあります…」

 ちなみに、南三陸町の佐藤仁町長や南相馬市の桜井勝延市長は、東京の式典には出席せず、地元の追悼式に参加する。

デカデカ掲載された「政府広報」/(C)日刊ゲンダイ

東日本大震災これは当時の大洗港



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Posted by おだっちのなたね油 at 19:21Comments(0)東日本大震災

2014年03月11日

Facebook友達  日高 のぼるさん



Facebook友達  日高 のぼるさん

 きょうは3月11日。大震災から3年目です。あの日、夕方歩いて帰る「決意」をし、御茶ノ水から埼玉・上尾まで歩いて帰りました。途中少し迷いながらも、東京から埼玉へむかう人波に合流し歩きつづけ、7時間後にようやくJR上尾駅前までたどりつきました。地図で見ると40キロ以上歩いていました。やっとタクシーをつかまえ帰宅。午前2時30分、部屋の中は本棚の本が落ちていて足の踏み場はなく女房も疲れたのか、そのうえに蒲団をかけて寝ていました。

 写真は2012年9月に友人の車でいった福島の相馬市、南相馬との境界線近くです。震災を忘れまいと書いた詩「鳥の影」を掲載し、自然エネルギーを生かし―原発ゼロへの道をすすんでいきたいと思います。



  鳥の影

安全 安全と
オウム返しにくりかえしていた「安全」が
神話となって

巨大な始祖鳥の残影が
無人と化した瓦礫の街を
覆っている
    *
2011年3月11日 金曜日 晴れ
降水確率30% 予想最高気温11度 最低気温2度
朝刊には「君が代処分取り消し 都教職員167人
逆転勝訴」の高裁判決記事が躍った
「沖縄県民はゆすりの名人」などと発言した
米国務省のメア日本部長は更迭
寒さは少しやわらぎ過ごしやすい日だった
午後2時45分までは―

週末のけだるい空気はその一分後に一変した
耐震構造のビル全体が大きく揺れ
いったん治まっても次つぎにくる余震
東京はもとより東日本全体の日常が変わった
宮城県沖 マグニチュード9・0の巨大地震
手の施しようのない揺れと津波

福島第一原発の崩壊 全炉心溶融―メルトダウン
破壊された「安全」を「想定外」と言い換え
あとだしジャンケンのような政府と東京電力の対応

日本列島 いのちが漂流している
    *
東日本大震災被災者への救援募金 駅前で訴えた
行き過ぎて戻り募金していく人
子どもたちから お坊さんやサラリーマンまで
小銭から千円札まで入れられる
思わず胸がつまり
ありがとうの言葉を飲み込んでいた

男の子がかけよってくる
握りしめていた手を募金箱のなかで開き
ありがとう と声をかけるとほっこりと笑い
またかけていく 5円玉が入っていた

居酒屋のカウンター
いつもの顔が座り 少し大きな声で話し始めた
 駅前のコンビニへ買物にいったら
 金髪で顔のあちこちにピアスをしている
 いま風の男の子 ATMで金を下ろし
 備え付けの募金箱へ札をねじ込み
 そのまま出て行った
 店員が調べたら5万円
 いまどきの子も格好だけじゃわからないなぁ

みんな静かにグラスを傾けていた
    *
津波に飲み込まれ
流されていく家や車

流される車のクラクションを鳴らし続けていた人
手をふる人もいました★

生の最後の一瞬を
確かに生きてきた証を
伝えたかったのだ
なにか言いたかったのだろう その声も
波の間に消えた

かけがえのない命を偲び
失われた街並みの上へ 
花を手向ける                 

 ★宮城県南三陸町 被災者の証言―テレビ映像から

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Posted by おだっちのなたね油 at 15:52Comments(0)東日本大震災

2014年03月11日

<東日本大震災>津波で決死の誘導、胸を張れ…長男へ



Facebook友達  かがみ 道子さん


健一。父ちゃんと母ちゃんは3年たっても時間が止まったまんまだ。つらいけど、ありがとう。【
<東日本大震災>津波で決死の誘導、胸を張れ…長男へ
毎日新聞 3月10日(月)21時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140310-00000075-mai-soci

 かけがえのない命と暮らしが奪われた東日本大震災から11日で3年を迎えた。増え続ける震災関連死を合わせ、犠牲者は2万1000人を超えた。地震・津波や東京電力福島第1原発事故で住まいを奪われた約26万人が、今も避難生活を強いられている。いとしい人への追慕、帰郷の誓い、支援者への感謝、風化の懸念。さまざまな思いが行き交う中、復興の道半ばの被災地に3度目の「3月11日」が巡り来る。
 ◇福島県相馬市…阿部新太郎さん(73)、妻洋子さん(67)


 長男の健一へ。
 高校を中退し、父ちゃんと同じ漁師になったお前の腕はピカイチだった。20年かけ「親子船」の借金3000万円を払い終えた直後に、嫁と娘2人を残して津波にのまれ、まだ39歳で無念だったろう。

 今は仮設住宅で暮らす父ちゃんも母ちゃんも、壁に飾ったお前の消防団の法被を見上げては、悲しみをかみころしてる。原発事故でダメになった漁が将来再開されても、やり直す気力がわかねえ。でもな、父ちゃんと母ちゃんが震災後も生きてこられたのは、健一のおかげなんだ。

 消防団の副分団長として、お前は津波に襲われるまで避難を呼びかけ、多くの命を救った。「健ちゃんが『逃げろ』って怒鳴ったから逃げた」という人が大勢いる。震災直後は停電で、防災行政無線はうんともすんともいわねがったし、消防団が「命を救うとりで」だったんだ。父ちゃんたちは、お前が救った人たちに感謝され、支えられているぞ。

 健一は、生まれた日のこと、知らないべ。家の田んぼは水はけ悪くて、秋になっても泥沼でなあ。母ちゃんは「子が冷える」って心配しながらも懸命に稲刈りしてた。そのうち産気づいて、産婆がお前を取り上げでくれだ。「健やかに育って」。そんな願いを託して名付けたのは母ちゃんだ。

 母ちゃんが今思い出すのは、お前が小さいころのことだそうだ。「朝の暗いうちから夕方まで浜の仕事で、健一と遊んでやれなかった。ごめんな」って。毎日漁に出てた父ちゃんもそうだ。だから、「早ぐ漁師になりてえ」と高校2年で退学したとき、親を助けようと思ったんだって涙があふれた。

 暮らしていた地区で津波にのまれた消防団員は9人もいた。副分団長が代々受け継いできた法被姿で健一が見つかったのは、2週間後で8人目、最後は分団長だった。仲間が見つかるのを待ってたんかな。お前の顔は、きれいで、表情は誇りに満ちていた。人間は助け合って生きるもんだと、命を張って教えてくれたんだ。若い団員が「健一さんの遺志を語り継ぐため、辞めません」と言ってくれたぞ。

 お前の娘は高校生と中学生になった。震災後はふさぎ込んでいたが、今では勉強とバレーボールに熱中することで悲しみを乗り越えようとしている。嫁も気丈に振る舞ってる。父ちゃんたちの隣に住んで、母ちゃんも手助けしてっから、安心していてけろ。

 健一。父ちゃんと母ちゃんは3年たっても時間が止まったまんまだ。つらいけど、ありがとう。【聞き手・栗田慎一】
長男健一さんが避難誘導をした住宅街跡地に立ち、遺影と法被を掲げて語りかける阿部新太郎さん(右)と洋子さん=福島県相馬市で、栗田慎一撮影


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Posted by おだっちのなたね油 at 15:39Comments(0)東日本大震災

2014年03月11日

311から3年・・・・増山 麗奈さん



Facebook友達  増山 麗奈さん


311から3年
この瞬間を日本の稼働原発ゼロで出迎える事が出来ました。
全国で声を上げ 自然エネルギー推進を進めてくれている方々
原発立地体で原発マネーが途切れたのに必死で暮らし、働いてくれた方々のおかげです。
ありがとう。
電力会社の中でもおこっている変化の証でもあります。
この3年間 放射能の被害 原発の事 「子ども達を守れー」とありとあらゆる役所を訪ね
東電の関連の瓦礫処理会社に潜入取材し
7μシーベルト/hの飯舘村の除染現場の外でお弁当を食べ、タバコをすう労働者の方が 他に仕事がないからと安い日当で働かざるをえない被災者の方だと知り
ドイツまで出かけ 廃炉現場を訪ねたり
インドまで出かけ 児童労働を行ってきた子ども達と出会ったり
福島の少女が胸にたくさんの辛さを抱えている事を知ったり
東電の汚染水によって漁ができない漁師さんから
「息子の代までには 解決の筋道をつけたい」という思いを聞いたりしてきました。
不条理な現実に心がこんがらがったときは 
アートしかない、と気がつきました。
広島で被爆された銀林美恵子さんのご生前中になんとか絵本「げんばくとげんぱつ」を仕上げ、届ける事が出来ました。
毎日毎日お弁当を作ったり 
お弁当どころか食が心配すぎて 自分でお米を作ったり
日々 少しずつ 暮らしのいろんな所を見直して
なるべく手作りを心がけるお母さんになりました。

日々へっぽこな私を支えてくれる家族 大家さん お米仲間 友人 仲間たち 仕事仲間 先輩たくさんの方々に感謝しています。
原発事故をきっかけに
生きる事 自然に恵をいただいて生かさせてもらっている事
を教えてくれた事を考えると 
ある意味 東京電力にすら 感謝をしています
(きっちり責任は追求しますが!)
これから日本を襲う 放射線の被害は じわじわと 心や身体 社会を壊していくと思いますが
具体的に人びとを救済する仕組みを作りながら(移住、保養)
なるべく被ばくをしないように社会も個人も心がけ 
治る 育つ 生きる 伸びる 生命の可能性を信じながら
誰もが誰かを支え合い 病気や障がいをもった人であっても いきやすい社会を作っていきたいです。
そして自分の目が黒いうちに 世界中550基の原発を廃炉に
安全な片付けをする道筋をつくりたい。
やっぱり 愛 しかない と思う

3年目の 3.11
全ての子ども達が幸せに生きる世界を作りたい
3年間の葛藤と取材をカタチにしたドキュメンタリー映画
「ママの約束 〜原発ゼロで見つけた本当の豊かさ」(増山麗奈 監督 編集)上映会、是非見に来てくださいね。
3月21日は東京 水道橋 スペースたんぽぽ
https://www.facebook.com/events/1425331964374160/?ref_dashboard_filter=upcoming
3月30日は大阪 討論バーシチズン
https://www.facebook.com/events/420839184717112/?ref_dashboard_filter=upcoming

北海道や福島でも上映会が行われる予定です。
でも実は、まだギリギリまで編集しています。
これからの1年
少しずつ海外から安全な食を仕入れるルート作り
絵画アーティストとしての仕事
被災地で子ども達のアートによる癒し
続けていきたいです。
いろいろ至らない所は精進します。
愛を込めて
増山麗奈


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Posted by おだっちのなたね油 at 08:07Comments(0)東日本大震災

2014年03月07日

いのちをつなぐチャリティーマルシェさん



    いのちをつなぐチャリティーマルシェさん

   【写真展のお知らせ】
   難しい言葉はいらない、きっと写真が全てを伝えてくれるだろう。
   震災のその年だったかな。そんな思いを強くしたのが、
   この「復興の狼煙ポスタープロジェクト」の写真でした。

   被災地に立つ民。深い深い瞳に、たくさんの思いが詰まっています。




   ポスターの売り上げは、全て撮影した市町村に送る、
   という高い志を持っていた印刷屋さんが倒産してしてしまい、
   また、このプロジェクトを立ち上げた釜石市職員の佐野仁さんは、
   震災から1年半がたつ2012年8月にくも膜下出血で亡くなられました。


https://www.facebook.com/Gambaro.Kamaishi/posts/441754102543871
http://kodomo-kenkou.com/shinsai/info/show/802


   「忘れたいけど、覚えておく。」
   何度でも、このポスターを掲示したいと思います。

   その悲しみも、苦しさも、優しさも、
   全ては未来を生きていくための
   根っこになりますように。

     実行委員長 今野 徹



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Posted by おだっちのなたね油 at 22:13Comments(0)東日本大震災

2014年03月07日

復興語り部 18歳女性の思い



   復興語り部 18歳女性の思い
http://yahoo.jp/ICgx_g




   宮城県南三陸町で、

   震災体験を語る「語り部」の団体を立ち上げた

   高校3年生の田畑祐梨さん。





   1年間で3,000人に自らの被災体験と想いを伝えました。

   あの日を経験した中高生たちの思いとは。





  “ACTION IS A MESSAGE”あの日を経験した高校生の実力(東北復興新聞) - Y!ニュース
  headlines.yahoo.co.jp
  Yahoo!ニュース




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Posted by おだっちのなたね油 at 19:42Comments(0)東日本大震災

2014年03月05日

日本の「揺れやすさ」と地震防災を考える




「インタビュー:放射能は取り除ける」
- 児玉 龍彦 / 東京大学アイソトープ総合センターセンター長
/ 東京大学先端科学技術研究センター教授
- ユレッジ : 日本の「揺れやすさ」と地震防災を考えるサイト
東京大学アイソトープ総合センターセンター長 /...



http://www.yullege.jp/?p=854&fb_action_ids=448908498574613&fb_action_types=og.likes&fb_source=other_multiline&action_object_map=%7B%22448908498574613%22%3A601026549934279%7D&action_type_map=%7B%22448908498574613%22%3A%22og.likes%22%7D&action_ref_map=%5B%5D


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Posted by おだっちのなたね油 at 20:38Comments(0)東日本大震災

2014年03月03日

(東日本大震災3年)「五輪、復興に逆風」6割 被災42市町村長へ朝日新聞社調査



       (東日本大震災3年)「五輪、復興に逆風」6割 被災42市町村長へ朝日新聞社調査
        朝日新聞デジタル 3月3日(月)11時30分配信 (有料記事)

(東日本大震災3年)「五輪、復興に逆風」6割 被災42市町村長へ朝日新聞社調査

首長が考える五輪の影響とその理由
 2020年の東京五輪について、東日本大震災で大きく被災した岩手、宮城、福島3県の42市町村の首長の約6割が、復旧・復興にマイナスの影響を与えるとみていることが朝日新聞のアンケートでわかった。五輪の招致活動では震災復興が強調されたが、資材や人手の不足による復旧・復興工事の停滞への懸念が広がっている。

 アンケートは、津波に襲われた3県の沿岸自治体と原発事故で避難区域が設けられた福島県内の自治体の首長を対象に実施。東京五輪の影響については「ややマイナス」が最も多い23人で、「大いにマイナス」も2人いた。
 これら計25人には選択肢を挙げて理由も尋ねた(複数回答可)。……


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Posted by おだっちのなたね油 at 13:04Comments(0)東日本大震災

2014年02月24日

薄れる「一大事」の思い=戸羽太陸前高田市長インタビュー〔東日本大震災3年〕




   薄れる「一大事」の思い=戸羽太陸前高田市長インタビュー〔東日本大震災3年〕

 東日本大震災の発生から3月11日で3年を迎える。震災による津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の戸羽太市長に、復興の現状や今後の課題などを聞いた。

 ―震災から3年を振り返ってどう思うか。
 震災発生当初、自分を励ますときに想像していた「3年後」と比べると状況は厳しい気がする。法律が復興の妨げになっていても国会はそれを変えようとしない。(復興に)スピードを求めているわれわれと感情的な温度差があり、「日本全体の一大事」という思いが薄れている気がする。

 ―復興計画の進行状況、特に住まいはどうか。
 防災集団移転促進事業による高台移転を計画している5地区28団地のうち、25団地の工事は既に発注し、3団地についても今年度内には発注できる見通し。全体計画では順調に推移している。

 ただ、1000世帯分の災害公営住宅は、工事業者の不足と資材や人件費の高騰でなかなか入札が調わない。土地区画整理事業はあまりにも規模が大きく、一番早くても来年の夏ごろまでは計画づくりにかかる。やっと造成工事が終わっても、工事業者が寝泊まりする場所がなく、住宅建設が始められないという問題も今後懸念される。

 ―地元産業の再生や雇用確保の取り組みは。
 カキやホタテなどの養殖施設は回復し、水揚げも今秋には震災前の水準に戻る予定。後継者不足の問題もあり、第1次産業には付加価値を付け、所得向上など魅力あるものにしたい。

 復旧は前の状態に戻すことだが、復興は前からあった課題を合わせて解決することだと思う。震災後の緊急雇用などで働く人も多いが、今後長く続けていける仕事をしてほしい。住民には起業などにチャレンジしてもらい、それが街の魅力にもなると思う。

 ―国への要望は。
 被災地や被災者の立場に立ってシンプルにものを考えてほしい。被災者が今、何を求めていて何が課題なのかを理解し、一つでも二つでも解決してもらいたい。モチベーション(やる気)が下がらないよう、国が責任を持って復興に取り組むというメッセージを出してほしい。 

時事通信 2月24日(月)17時30分配信



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Posted by おだっちのなたね油 at 19:12Comments(0)東日本大震災

2014年02月24日

震災3年、なお課題多く〔東日本大震災3年〕




        震災3年、なお課題多く〔東日本大震災3年〕

 2011年3月11日の東日本大震災からもうすぐ3年がたつ。岩手、宮城、福島の3県では、津波被害を乗り越え、再起を懸けたまちづくりが進む。一方、子どもの心の傷は深く、一部の学校は今も仮校舎での授業が続く。

 東京電力福島第1原発事故は、汚染水問題が大きな壁となり収束のめどは立たない。風評被害による地域経済への影響、増え続ける震災関連死。復興への道のりはなお遠い。

「小さなまち」で再興=コスト減、高齢者も便利―自治体相次ぎ構想・被災地
 東日本大震災の被災地で、住宅や商業施設、公共機関などを狭い範囲に集約する「コンパクトシティー」を掲げ、まちの再生を進める動きが出ている。高齢者に配慮し、住みやすさを追求する構想だが、「畑や海から遠くなる」と農水産業者らの反発もあり、合意形成への調整も続く。

 面積の約65%が津波で浸水した宮城県山元町は2011年12月、いち早くコンパクトシティー構想を打ち出した。JR常磐線の2駅を約1キロ内陸部に移設し、駅周辺など3地区の約0.09~0.37平方キロ圏内に住宅や学校などを建て、沿岸にあった10集落をできるだけ3地区に集める計画だ。震災復興企画課は「高齢者も歩いて暮らせる」と住みやすさをアピール、新たな住民の受け入れも目指す。

 地区内に完成した災害公営住宅で暮らす会社員嶋田幸彦さん(53)は「役場や銀行、郵便局が近くなった。年を取ってからも便利」と話し、徒歩圏内に建設予定の新駅開通を心待ちにする。

 震災で過疎化に拍車が掛かった町にとって、コンパクトシティーは「起死回生のチャンス」(同課)だ。上下水道の維持管理などのコスト節減のほか、中心市街地の活性化で商業施設の進出も期待できる。

 しかし、漁業を営む大和佳輝さん(41)は「風が強い日は船が心配で夜も港に行く。漁業者は職住近接だ」と反発。町が新たに示した居住地は港まで約3キロあり、「遠すぎる」と憤る。沿岸部にある畑の近くでの再建を希望する農家も多く、町の意向調査では、3地区以外への移転希望者が7割を占めた。

 町の構想をめぐり町議会は昨年、「住民の声に耳を傾けていない」として斎藤俊夫町長の問責決議案を全会一致で可決。一方、町は「魅力的な街をつくれば、出て行った人も戻る」と引き続き理解を求める考えだ。

 宮城県女川町も役場や学校、駅などを半径400メートルに集める方針。「課題をさらけ出し、住民に理解してもらう」(復興推進課)と3カ月に1度は説明会を開いている。岩手県大船渡市もJR駅周辺に商業施設を集約する構想を進めるが、既に別の場所で店舗を再開する動きもあり、「どのくらい人が戻ってくるか」(土地利用課)と不安も見せる。

 コンパクトシティーは、過疎化対策などで先行事例があり、国も商業施設などの税制優遇措置を検討している。東北大大学院の姥浦道生准教授(都市建築)は「震災を機に街機能の集約化を図るのは良いが、地元の産業を維持することも大事で、まずは住民の理解を得る必要がある」と話している。

時事通信 2月24日(月)16時2分配信



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Posted by おだっちのなたね油 at 19:11Comments(0)東日本大震災

2014年02月19日

福島、震災関連死が直接死上回る




         福島、震災関連死が直接死上回る

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による住民避難が続く福島県で、体調悪化などが原因で亡くなる「震災関連死」の死者が19日現在で1656人となり、津波など震災を直接の原因とする死者1607人(10日の警察庁集計)を上回ったことが、県などのまとめで分かった。

 福島県は現在も約13万6千人が県内外に避難しており、県の担当者は「それまでの生活が一変した上、帰還など将来の見通しが立たずにストレスが増していることが要因」とみている。

 復興庁によると、震災関連死とされた人の約9割が66歳以上。県は市町村と連携しながら保健師らの巡回で避難者を見守る活動を強化する。

2014年2月19日(水)17時36分配信 共同通信


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Posted by おだっちのなたね油 at 18:46Comments(0)東日本大震災

2012年12月21日

<東日本大震災>津波考えなかった人43% 被災3県調査



         <東日本大震災>津波考えなかった人43% 被災3県調査

 内閣府は21日、東日本大震災の津波からの避難実態について、被災3県の浸水域に住んでいた人たちを対象に実施した調査の結果を公表した。

 回答した1万1400人のうち、地震発生直後に「津波は来ないと思った」「津波のことをほとんど考えなかった」と答えた人は計43%。

 当日中に避難しなかったのは20%で、理由は「過去の地震でも大きな津波が来なかった」「大津波警報が発表されたのを知らなかった」がそれぞれ約2割を占めた。

 岩手、宮城、福島各県の沿岸27市町村で8~10月、アンケートを実施。地震直後に「津波が来る」と思った人は全体の56%で、過去に甚大な津波災害を経験してきた岩手県は67%と比較的意識が高かった。

 避難した7039人のうち、62%は揺れが収まって30分以内に避難を開始。10分以内は33%、5分以内は16%にとどまった。

 36%が最初に避難した場所に「津波が迫ってきた」と回答。市町村が指定した公民館や学校に避難した人の23%は津波が迫ってきたことで再避難を余儀なくされ、津波避難ビルでは再避難した人が31%に達した。

 「原則徒歩」とされる移動手段では、車が53%で徒歩の43%を上回った。最も多かった理由は「普段の移動で車を使っているから」の37%だった。

 車の避難で困ったことは「渋滞」33%の他、「道路に陥没や段差があった」「信号が点灯していなかった」がそれぞれ22%だった。

 大津波警報が出ていることを知ったのは61%で、このうち情報の入手方法は防災行政無線が54%。自宅や職場のテレビの6%を大きく上回った。停電が発生した影響とみられる。【池田知広】

毎日新聞 12月21日(金)20時15分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 20:43Comments(0)東日本大震災

2012年12月19日

サンマの町・女川で2年ぶりの天日干し作業



          サンマの町・女川で2年ぶりの天日干し作業

 全国有数のサンマの水揚げを誇る宮城県女川町で19日、2年ぶりとなるサンマの天日干し作業が始まった。

 同町の水産会社「ヤマホン」(山本晴雄社長)は東日本大震災で海岸沿いにあった8工場が全滅したが、内陸側に今年9月、新工場を移転再建した。

 この朝、水揚げしたサンマを一串に20本前後刺し、戸外に設けた棚につり下げた。半日ほど寒風にあて、その後、丸一日、冷蔵庫で保管すると完成する。

 同社専務の山本丈晴さん(44)は、「全国から注文が寄せられ、やっとスタートラインに立つことができた」と笑顔をみせた。

読売新聞 12月19日(水)12時47分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 19:12Comments(0)東日本大震災

2012年12月18日

津波死者の2割、家を離れられず 石巻、寝たきりなどで



        津波死者の2割、家を離れられず 石巻、寝たきりなどで

 【杉本崇】東日本大震災の津波被害が大きかった宮城県石巻市で、津波で亡くなった人の約19%は寝たきりだったり、家族の迎えを待っていたりして、避難できずに自宅で被災していた。東日本大震災津波避難合同調査団(団長・今村文彦東北大教授)の調査でわかった。

 同市では津波で約3300人が亡くなっているが、調査団の三上卓・群馬工業高専元准教授が、当時の様子を近所の人や知人から聞き取るなどして699人の死亡時の状況を特定した。

 「寝たきりや付き添いのために自宅に残った人」は15.3%、「自宅で家族の迎えを待っていた人」は4.0%だった。自宅で亡くなった人全体の割合は、津波の発生が早朝や深夜ではなく平日の昼だったのに、66.4%に達していた。

朝日新聞デジタル 12月18日(火)17時59分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 19:43Comments(0)東日本大震災

2012年12月09日

被災地に残る悲しみの記憶 保存か撤去か



        被災地に残る悲しみの記憶 保存か撤去か

 東日本大震災からまもなく1年9カ月。震災の爪痕が今も残る被災地では、被害を象徴する建物や集落などを震災の脅威や教訓を後世へ伝える「震災遺構」として残す動きが出ている。

 しかし、犠牲者遺族らから「つらい過去を忘れたい」と撤去を求める声もあり行政当局は頭を悩ませている。

 宮城県では内外の有識者で作る「3・11震災伝承研究会」が、県内の被災建物・集落など46件をリストアップ、保存を訴えている。

 多数の児童が犠牲になった石巻市立大川小学校や南三陸町防災対策庁舎、海岸の地形が変わった「津波湾」、犠牲者が土葬された東松島市の仮設埋葬地などだ。

 気仙沼市の唐桑鹿折(からくわししおり)駅前に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」も、そのひとつ。全長約60メートルの巨体はガレキが片づいた一帯で異彩を放つ。

 岐阜市から来た大学3年生の野村篤さんは「テレビで見ていたが想像と全く違う。津波のすごさを感じる」と息をのんだ。この大型船と周囲を公園に整備する計画もあるが、市では答えを出せずにいる。

 一方、町長や職員40人と住民らが犠牲になった岩手県大槌町役場の旧庁舎も保存か解体かで意見が分かれている。大坂十萬里さん(63)は夫の武さん(当時60)を旧庁舎で亡くした。「建物を見るのはつらい。撤去して冥福を祈る場所を作ってもいいのでは」と話す。

 そんな中、米インターネット検索大手グーグルは岩手、福島両県の4市町で被災建物の内部を撮影。震災遺構の360度パノラマ画像をインターネット上に残す事業に乗り出した。

 同社では「津波被害の資料的価値がある場所も取り壊しが進んでいる。データに残すことが記憶の風化を防ぐ助けになれば」としている。(写真報道局 早坂洋祐)

産経新聞 12月9日(日)18時16分配信





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Posted by おだっちのなたね油 at 19:17Comments(0)東日本大震災

2012年11月30日

  「仮の町」先行整備、交付金に盛る 復興庁



     「仮の町」先行整備、交付金に盛る 復興庁、福島3市の公営住宅500戸

 東京電力福島第1原発事故で避難を強いられている福島県の住民が集団移転する町外コミュニティー「仮の町」構想で、復興庁は30日、福島県が先行的に建設する災害公営住宅500戸の事業費を復興交付金の配分に初めて盛り込んだ。

 仮の町は、住民が帰還の日までまとまって暮らすため、他の自治体の中に役場機能などをつくる構想。今回は福島県の要望に基づき、当面必要となる戸数としていわき市に250戸、郡山市に160戸、会津若松市に90戸の公営住宅を建設する設計費と用地費計25億1千万円を計上した。

 交付金の配分は3、5、8月に続き4回目で、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島など7県と72市町村へ事業費ベースで総額8803億円を配分(うち国費は7148億円)。高台集団移転や公営住宅整備などが本格化したため、配分額は過去最多となった。

産経新聞 11月30日(金)16時46分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 18:58Comments(0)東日本大震災

2012年11月24日

<原発事故>福島に募金診療所が開院へ 住民の不安に応え



        <原発事故>福島に募金診療所が開院へ 住民の不安に応え

 東京電力福島第1原発事故に伴う被ばくへの健康不安に応えようと、市民らが募金活動をした「ふくしま共同診療所」が12月1日、福島市太田町に開院する。

 18歳以下を対象にした県の甲状腺検査用機器も備え、セカンドオピニオンを提供して不安解消を目指す。呼び掛け人の一人で「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の佐藤幸子代表は「住民の心のよりどころになる診療所を目指したい」と話している。

 3階建てビルの1階部分約40坪を改装し、二つの診察室やレントゲン室を設けた。内科と放射線科があり、甲状腺検査もできる超音波診断装置を導入し、希望すれば尿・血液検査なども受けられる。松江寛人・元国立がんセンター病院医師が院長に就き、県外の医師4人も非常勤で勤務するという。

 県の甲状腺検査では、子どもに結節やのう胞が見つかっても大半が2次検査不要と判定され、保護者から「検査結果が分かりにくい」などの声が上がっている。低線量被ばくによる健康不安を抱えている県民も多い。

 診療所は県内外の市民や医師14人が呼び掛け人となり建設委を発足、今年1月から約4000万円の寄付金を集め開院にこぎつけた。70年代に相次いで白血病を発症した広島の被爆2世らが開設した広島市の「高陽第一診療所」をモデルにした。

 チェルノブイリ原発事故では、4~5年後に小児の甲状腺がんの増加が確認された。松江医師は「放射線の影響が出るとすればこれから。症状は甲状腺だけとも限らず観察が必要だ」と話す。診療は毎週火、木、金、土曜日。問い合わせは同診療所(024・573・9335)へ。【蓬田正志】

毎日新聞 11月24日(土)12時0分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 14:08Comments(0)東日本大震災

2012年11月19日

<東日本大震災>不良建設業者排除へ立ち入り検査 国交省



         <東日本大震災>不良建設業者排除へ立ち入り検査 国交省

 国土交通省は19日、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県と合同で今月下旬から、3県に新設された建設業者の営業所を中心に建設業法に基づき立ち入り検査することを決めた。震災の復旧・復興事業が本格化する中、工事能力がないなどの「不良建設業者」を排除する目的。

 国交省によると、復興需要の高まりを受けて全国の建設業者が東北3県に営業所を新設する一方、下請け業者から「元請けから代金が支払われない」などの相談や工事現場の労働災害の増加、暴力団関係者による違法行為の判明--もあるという。

 震災後に国交相許可業者が3県に新設した営業所数は、今年8月末時点で計368カ所(岩手75、宮城229、福島64)に上る。国交省や3県は、このうち今年度中に67営業所に立ち入り検査する予定。

 下請け業者への代金支払いや「一括下請け(丸投げ)」の有無、技術者を適正に配置しているかを調べ、法令違反のあった業者には指導や勧告、営業停止などの処分も検討する。【樋岡徹也】

毎日新聞 11月19日(月)20時14分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 21:15Comments(0)東日本大震災