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2014年02月22日

「米国に失望」「中国に対峙」…舌禍続く安倍政権の知的レベル




        「米国に失望」「中国に対峙」…舌禍続く安倍政権の知的レベル

 もう少しマトモな側近はいないのか。安倍首相の“身内”の言動が、立て続けに物議を醸している。

 衛藤晟一首相補佐官が、安倍の靖国参拝をめぐる米国の反応に「むしろわれわれのほうが失望だ」とケンカを売った動画が問題になったが、今度は安倍政権の経済政策ブレーンを務める本田悦朗内閣官房参与の発言が、国際社会に波紋を広げている。

 19日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)電子版が「戦時中の話を熱く語るナショナリスト」として、本田氏のインタビュー記事を掲載したが、その中身たるや、日本人ものけぞるものなのだ。

<本田氏は、「アベノミクス」の背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない。日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った>

<神風特攻隊が米空母に体当たりするさまを頭の高さに上げた左手を落として表現した。「日本の平和と繁栄は彼らの犠牲の上にある」と、目を真っ赤にさせながら言い、「だから安倍首相は靖国へ行かなければならなかったのだ」と語った>

 経済担当のブレーンが、「中国と対峙するため」とはブッタマゲだ。NHKの籾井勝人会長といい、経営委員の百田尚樹氏や長谷川三千子氏といい、安倍の周りは、そろいもそろって、こんな連中ばかりなのだ。

「これでは日本が極右の国と思われてしまう。世界中が驚き、眉をひそめていると思います。欧米先進国から危険視され、価値観を共有できない国だと遠ざけられることは外交上の大きなマイナスです」(元外交官の天木直人氏)

 本田氏は「発言趣旨と違う」「アベノミクスが軍事目的とは言っていない」と反論しているが、一方で、「<靖国神社とはそういうものだ>ということをオフレコでざっくばらんに説明しようと思った」とも話している。ここに、この問題の核心がある。

■今や全世界からこの国の知的程度が笑われている

「どんな思想信条を持とうと自由ですが、国際社会は安倍首相が戦後レジームをひっくり返すつもりなのかと危惧している。ナチス・ヒトラーと同類と見ているのです。そこに側近の物騒な発言が続けば、<やっぱりそうか>と思われる。

 衛藤氏も籾井会長も発言を撤回しましたが、立場のある人間が好き勝手に発言しておいて、それが問題になると<個人的見解だ>というのは国際社会に通用しません。ましてや、<偏向報道だ>とメディアに責任転嫁するのは大間違いです。発言が個人的な見解であろうと、こういう歴史観の持ち主が集まった政権だということ自体を世界は不安視しているのです」(政治評論家・森田実氏)

 事実、WSJも<安倍首相は周囲に率直な物言いの側近を集めており、その多くは日本政治の右派だ。彼らは重要な問題について首相の考えを知る手がかりを提供している>と書いていた。側近の発言は、そのまま安倍の考えと受け取られる。当然のことだ。

 元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は19日の朝日新聞で、安倍側近の問題発言の背景にあるのは「反知性主義」だと言っていた。自分の主義信条というか、狂信的とも思える極右思想にコリ固まり、異なる考えを排除し、物事を客観的に見ることができない。

 佐藤氏は<自分が理解したいように世界を理解する「反知性主義のプリズム」が働いているせいで、「不適切な発言をした」という自覚ができず、聞く側の受け止め方に問題があるとしか認識できない>と分析する。正鵠を射た指摘だろう。

 取り巻きがこれだから、トップのオツムの程度も知れる。というか、首相がバカだから同じレベルの人間を集めてしまう。かくて、知性のカケラもなく、合理的な判断能力もない連中が、国の舵取りを担うことになる。ゾッとすると同時に、国民として情けなくなる。

            2014年2月22日(土)10時26分配信 日刊ゲンダイ
                  (日刊ゲンダイ2014年2月21日掲載)

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Posted by おだっちのなたね油 at 12:46Comments(0)話  題

2013年07月15日

上ノ国町にない家庭的でオシャレなお店



  乙部町内の親類に2人で所用の仕事があり、
  昼過ぎまでかかり大汗をかいたので、
  町民温泉の「いこいの湯」で汗を流し落としました。

  春以来何度か同温泉に入浴し
  一度は寄ってみようと帰り道の
  国道229線沿いに立っている看板が気になっていました。








               キッチン(caie)のどか







   キッチンのどかのおすすめは、
   乙部の前浜で採れた生ウニのクリ-ムパスタとのこと。
   次回に訪れたときは、おすすめ品を食してみたいと思います。








                     のどかセットをいただきました。



    カレ-、パスタ、チキンカツサラダ、オニオンス-プ、
    デザ-トはアンニン豆腐、ケ-キ。
    ランチタイムの飲み物はセルフサ-ビスです。



         













                   手作りの小物品も







         










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Posted by おだっちのなたね油 at 07:29Comments(0)話  題

2013年07月08日

癒しの滝が流れる公園(豊頃町)













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Posted by おだっちのなたね油 at 17:58Comments(0)話  題

2012年12月12日

「急に決まった」紅白初出場 美輪明宏 曲目は「愛の讃歌」希望



         「急に決まった」紅白初出場 美輪明宏 曲目は「愛の讃歌」希望

 シャンソン歌手の美輪明宏(77)が12日、都内で行われたDeNA無料通話サービス「comm」新キャラクターCM発表会に登場した。

 第63回NHK紅白歌合戦に、歴代最高齢で初出場することが決まった美輪。「こっちがびっくりしているんですよ。急に決まったもんですから」と本音を吐露し、「私は舞台に出る時に場所とか人とか、シチュエーションはどうでもいい。

 (聞いてくれる)一人ひとりの方々のどういうふうに支えになって励ましになれるか、完ぺきな歌、仕事を届ける責務、使命があると思っている。それだけなんです。紅白だから、NHKだからという意識はまったくない」と意気込みを語った。

 曲目はまだ決まっていないが、「私の希望は『愛の讃歌』。これまで上演を何度も繰り返していますし、定番になっていますので。あとはそれにするか、『ヨイトマケの歌』にするか、まだ取捨選択の最中ですね。他の方との兼ね合いもありますし」。

 紅白の会見では「桃色組で出ます」と話していた美輪だが、この日は「白組に決まってるでしょ!」とキッパリ。衣装については、「華やかなものをお望みの方もいらっしゃるでしょうし、歌に則したものを着ようと思っています。(

 曲が)決まってから作ったんでは間に合わないので、あらかじめこういうものかなというのはあります」。

スポニチアネックス 12月12日(水)14時31分配信






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Posted by おだっちのなたね油 at 17:24Comments(0)話  題

2012年02月25日

「上ノ国町木ノ子沖に沈んだ昇平丸」勝海舟も乗船



「上ノ国町木ノ子沖に沈んだ昇平丸」・勝海舟も乗船



25日、上ノ国町総合福祉センタ-を会場に
「上ノ国町連続歴史講座」が開催され、
町内と松前町や江差町などから40人余りが出席。

町教委塚田学芸員が
「上ノ国町木ノ子沖に沈んだ昇平丸」について報告しました。




昇平丸建造の経緯は、
薩摩藩が提出した「琉球大砲船建造届書」が、
幕府から嘉永6年(1853)4月に許可され、
5月に桜島瀬戸村(現鹿児島市黒神町)に造船所を設けて、
当初琉球大砲船として建造された。

その後、改造し大砲10門、臼砲2門、小口径自在砲4門を
搭載するなどして洋式軍艦として竣工。

昇平丸は嘉永6年(1853)9月、
江戸幕府の「大船建造解禁令」の前後に、
薩摩藩が他藩に先駆けて(日本で日本人の手によって)
日本で初めての建造に着工(1853年5 月)した洋式軍艦です。

竣工までに約1年7ヶ月費やしたため、
鳳凰丸(幕府)が6ヶ月遅れて着工しましたが、
明治3年旧暦1月26日に上約6ヶ月で竣工したため、
海上航路に出たのは2番目となった。








平成4年に上ノ国町の有志で結成された
「浪漫倶楽部上ノ国」が昇平丸の遭難に関わる資料調査、
沈没箇所木ノ子(大安在猫沢)の明確化、伝承事実の解明などを目的として、
講演会や模型の製作などを行い周知活動を実施しました。














昇平丸は幕府に献上、海軍の練習船として使用され、
安政2年(1855)勝海舟を乗せ、
品川を出港して48日間を経過して長崎に着いています。

明治2年(1869) 9月、明治政府から北海道開拓史へ移管され、
函館もしくは銭函行の米などの物資の輸送船としての役割を担い、
明治2年12月24日函館港を出港、正月19日脇澤海岸に碇泊、
24日大嶋沖で風烈で漂流、26日烈風大波により木ノ子村字猫澤濱で沈没。

乗組員19人の内5人溺死しています。

昇平丸は日本人の手で初めて建造された洋式軍艦ですが、
日本製の洋式軍艦は、その当時や近代に至るまで
歴史的に低い評価をされていたとのことでした。









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Posted by おだっちのなたね油 at 21:31Comments(0)話  題