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2021年05月28日

小熊2頭が一瞬のうちに杉の木によじ登る



 今日午前11時頃に我が家から300m余り
 (菜の花畑から200m)の所に、
 南条の墓(上ノ国町史跡)があります。

 その墓から10m余り離れた所で小熊2頭が
 一瞬のうちに杉の木によじ登り、
 親熊がそばにいたのを目にして二人で一目散に逃げかえりました。

小熊2頭が一瞬のうちに杉の木によじ登る


  写真の菜の花畑の左上に赤い屋根が町会の愛宕神社ですが、
  近くに史跡伝説の逆さ水が生えています。


小熊2頭が一瞬のうちに杉の木によじ登る

~逆さ水松のいわれ~
天文十七年(1548)南条越中守広継は、勝山の城代となった。広継の妻は四代秀広の長子であったが女であるため家督を継げず、聟の基広に家をつがせようとしたが季広に 討たれたため、弟の舜広、元広(季広の長男・次男)に近習を使って毒をもらせたことが露顕し自殺させられた。

逆さ水松  南条の墓
広継は固く身の潔白を誓い、礼服に身を固め棺に入り、自ら命を絶ったがその時、一本の水松を与え棺の上に逆さにいけさせ「水松が根付いたら身に悪心ない証であり、三年たっても遺骸が腐っていなかったら、それこそ潔白のあかしである」と遺言し、節を抜いた青竹で呼吸しながら鉦を鳴らし経文を読誦した。鉦の音と読経の声は三週間も続いたという。三年たって墓を掘る者はなかったが、その水松が成長し、さかさオンコになったのだという。(上ノ国町ホームページ 上ノ国に伝わる伝説より)

小熊2頭が一瞬のうちに杉の木によじ登る


桂岡愛宕神社の東側に土塁を廻らした古い墓が建っています。南条安右衛門の墓、若しくは南条越中廣継の墓と地元に伝えられてきました。

コシャマインの戦いの頃、南条家の祖季継は知内町の脇本の館主として知られ、後に子孫は松前家に仕えました。廣継は天文17年蛎崎基広の跡を継いで勝山の城代となり、安右衛門包元は享保18年から寛保2年まで寺社町奉行を勤めました。

墓碑を囲む土塁から採取された陶磁器から築造年代は17から18世紀と考えられています。

この辺り一帯には伝説の逆さ水松や愛宕神社も展開し、トカフ(苫符:現桂岡)は2級河川天野川の沢筋で枢要な位置を占めていたと推されます。 謎の多い墓ではあるが、松前藩政下、また中世の上ノ国地方を物語ってくれる貴重な文化遺産です。





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Posted by おだっちのなたね油 at 15:17│Comments(0)環境・自然
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